日産GT-Rが、2025年8月26日に生産終了と発表された。ついにこの日が来たのだ、と私には感慨ぶかかった。ホントにユニークなクルマだった。
学生時代 あこがれだったスカイラインGT-R

なにがって、個人の開発者と結びつけて語られるクルマだったこと。とくに知られているのは、桜井眞一郎氏(1929ー2011年)だ。GT-Rの生みの親、などとウィキペディアでは紹介されている。
じっさいメディアでも、スカイライン人気と並行して、桜井氏個人をさかんに取り上げてきた。
代表的な仕事がスカイライン開発だ。日産自動車と合併する前のプリンス自動車工業時代にスカイラインにかかわり、そのあと、7代目(1985年)まで開発に携わったとされている。

私の学生時代は、3代目のスカイラインセダン(1968ー72年)やブルーバードの中古が人気だった。パッケージングがよくて室内が広く、耐久性に富み、価格がこなれていたからだ。
GT-Rはまず3代目で設定されたが、高嶺(たかね)の花。4代目(ケンメリのニックネーム)にもGT-Rがあり、いずれも中古でも高価。BMWなどはもっと高いから、せめてGT-Rに乗ってみたいと思ったものだ。
古びない乗り心地 人間味感じるファインチューニング
ごく最近、初代のスカイラインGT-Rを運転する機会に恵まれた。ひさしぶりにドライブしたら、軽量車体、力のある直列6気筒エンジン、それにダイレクトな感覚のステアリングに感心した。いまでもたのしめる。

いっぽう、超ド級という印象なのが、(いまのところ)最後の世代のGT-Rだ。日産のつけたコードネームを使って「R35」と呼ぶひとも多い。
3.8リッターV型6気筒エンジンに全輪駆動。「GT(グランドツアラー)性能を実現しつつ、R(レーシング)技術を体現」(日産)と、2007年に発売された。
しなやかな乗り心地と、トルクたっぷり、かつよく回るエンジンとスポーティーな操縦性能が、うまくバランスされていた。レース活動もさかんで、ポルシェ911が競合だった。

マーケティングの特徴としては、毎年ごくわずかな台数のイヤーモデルが売り出されるだけだったこと。メディアで試乗記が紹介されるタイミングではほぼ売り切れなのだ。
なにしろ、18年間でわずか4万8000台ほどしか作られなかった。この希少性も、GT-Rのイメージを古びさせなかった理由だろう。
ファインチューニングといって、細かい、けれど重要な改良が施されてきて、日産がGT-Rに注ぐ愛情のようなものが感じられた。それも人間味と感じられた。
最後のGT-Rも、特定の個人と結びついていた。初期は日産自動車の開発エンジニアだった水野和敏氏。そののちは、企画開発に携わっていた田村宏志氏だ。

「カッコいい、速い、いい音。この三つをそなえているのがスポーツカーで、しかもこれを適切な価格で販売できた」
R35のヒットについて、「ゴッドファーザー・オブ・GT-R」などとファンから呼ばれる田村氏は、そう振り返った。いまはブランドアンバサダーという立場で取材に応じてくれたのだ。
「白紙からGT-RのようなスーパースポーツGTを作りあげるには、巨額の開発費用が必要になります。中途半端な企画じゃ成功しません」
いつの日か再登場も? 未来の世代に期待をこめて
日産自動車のイバン・エスピノーサCEOは、生産終了のニュースのなかで「GT-Rは進化し、再び登場するでしょう」とコメントを発表している。
同時に、「R35はその基準(筆者注:購買層の期待に応えるクルマの性能)をさらに高く引き上げました。したがって、皆さまには辛抱強くお待ちいただくことをお願いしたいと思います」とも。
これってどういうことだろう。田村氏に確認すると、「GT-RのようなスーパースポーツGTの開発にはたっぷりの資金と時間が必要ってことです」と“解説”をしてくれた。
「次世代を開発するには、ターゲットユーザー層の的確な定義とともに、7年後の市場を予測して企画し、開発には巨額の投資をする必要があります」

田村氏はそう語り、かつ「しかも企画だけではだめなんです」とつけ加えた。
「ありがたいことに、多くの方がGT-Rと田村個人をニアリーイコールで結びつけて語ってくださってますが、クルマは個人で作れるものではありません」
GT-Rには水野さん(前出)がいたし、そもそもクルマを作るのはチームの仕事です、と田村氏。
「クルマづくりには、むずかしい部品でも作ってくださるサプライヤー(部品メーカー)と、組み付けがむずかしいパーツでもなんとかやってくださる組み立て工場の協力が必須です。GT-Rはそれが出来ていたので、いいクルマになったんです」

なので、この先、GT-Rの企画が立ち上がったとしたら、と田村氏は言う。
「自分はこのプロジェクトに入ったとき、ほんと大変でした。でも、なんとかやってやろう、という気持ちでやりとげた感があります。この“(たいへんだけど)でもやってみよう”という気持ちで若い社員がGT-Rに取り組んでくれたら、日産はだいじょうぶだと思います」
イタリアやドイツやイギリスは、いまもスーパースポーツカーやスーパーGTの開発の手をゆるめていない。GT-Rもぜひまたそのマーケットに打って出てほしいものだ、と私は思う。
写真:日産自動車
















