「苫小牧山林」と、支笏湖の水を使って発電している「千歳第一発電所」を巡ったトラウデン直美さん。後編は、「苫小牧山林」はじめ道内各地から木材が集まる製紙工場・苫小牧工場を訪ねます。苫小牧工場が操業を開始したのは、1910年。時代に合わせて積極的に技術革新を行いつつも、一方で、時代を重ねても通用する理に適った製法は操業当時のまま大切に受け継いできました。工場の113年の歴史に、トラウデンさんも目を見張ります。工場見学後は、大切な資源である木材をさらに有効活用するために新たな挑戦を続ける王子ホールディングス(以下王子HD)の取り組み「グリーンイノベーション」について、加来会長にお話を伺いました。
1910年開場 東洋一と謳われた苫小牧工場
「苫小牧山林」から車で30分。トラウデンさんは、1910(明治43)年に操業を開始した苫小牧工場へやってきました。前編で見学した、支笏湖の澄んだ水を利用して「千歳第一発電所」で作られた電力もこの工場へ送電されています。

約145ha(東京ドーム約31個分)の広大な敷地には、「千歳第一発電所」と共に2007年に近代化産業遺産に認定された赤レンガ造りの旧事務所や、紙づくりに欠かせない原料となる丸太を運ぶ水路などがあり、東洋一と謳(うた)われた苫小牧工場の当時の面影をそこかしこに残しています。操業当時からの古い設備と、最新の設備が敷地内に共存しているのも、苫小牧工場の大きな特徴です。

トラウデン:広すぎて徒歩で回るのは大変そうです……! 国産の洋紙を安定して供給するためには、これだけのスケールの施設が必要だったんですね。
安全のためヘルメットを着用したトラウデンさんがまず案内されたのは、貯木場(ちょぼくじょう)。「苫小牧山林」はじめ、道内各地の森からトラックで運ばれてきた木材が高く積み上げられています。

トラウデン:ここにあるのはすべて針葉樹ですか?
加来:はい。広葉樹も紙の原料になりますが、苫小牧は主に新聞用紙やコミック用紙を生産していて、繊維が太くて長い針葉樹の方が向いているためです。
近くでよく見てみると、丸太の太さはバラバラです。

加来:建材としての規格に満たない木材や製材時に発生する廃材が、紙の原料のパルプになります。不揃(ふぞろ)いの木も活用できるのは、製紙ならではです。
トラウデン:本当に、木には無駄になるところが一つもないんですね。
バシャーン! 水音に振り向くと、トラウデンさんの視線の先で重機が次々と丸太を水路に落としていました。

この送木(そうぼく)水路には苫小牧川から引き入れた水が流れていて、貯木場から工場へ、自然の勾配を生かしてゆっくり丸太を運んでいきます。

トラウデン:水路に浮かんだ丸太がどんぶらこ〜って流れていく姿、かわいいなぁ。
丸太は、一日に500本くらい水路で流すといいます。トラウデンさんも、丸太が行き着く工場へ向かうことにしました。
北海道内各地から集められた丸太がパルプになるまでの長い旅
丸太は、1.7kmの水路をおよそ50分かけて進んでいきます。途中、丸太がひっかかりそうな場所では鳶口(とびぐち)という長い柄のついた道具を持った作業員が、ツンと突いて丸太の向きを変えてやっていました。

トラウデン:トラックで工場まで一気に運ぶのではなく、あえて水路で流すのには何か理由があるんですか?
加来:丸太は工場の中ですり潰してパルプにするのですが、水で湿っていた方が加工しやすいんです。このやり方は、操業当時から変わりません。

トラウデン:昔ながらのやり方が最も効率がいいこともあるんですね。しかも、水路は自然の勾配を生かしているから電気も使わなくて済む。効率がよくて環境にも優しいやり方を100年以上も前から実践していたんですね。

丸太は、いよいよ工場内へ。入り口で待ち構えている作業員が、鳶口を使って丸太を傾斜のついたベルトコンベア付きの帯鋸(おびのこ)「バンドソー」に引き上げていきます。

ここで1.2mに切りそろえられた丸太は次の工程、巨大皮剝(む)き機「ドラムバーカー」へと進みます。「ドラムバーカー」も近代化産業遺産に認定されている設備の一つで、操業時から姿を変えていません。ドラムの中では水に浮かんだ大量の丸太同士がぶつかり合い、少しずつ樹皮が剝がれていきます。


加来:皮はパルプ化には向かないのでここで取り除きますが、剝がした皮も木質燃料として活用しているんですよ。

ツルンと皮が剝かれた丸太たちは、ベルトコンベアで移動させた後「マガジングラインダー」と呼ばれる、これもまた巨大な機械の中へ。

「マガジングラインダー」の下部で回転する巨大な砥石(といし)に丸太を押しつけ、すり潰したら、ついに紙の原料となるパルプが完成します。
加来:丸太から作ったパルプ「GP(砕木パルプ)」は、コミックなどの用紙に使われます。「GP」で作る紙には、軽く、薄くても透けない、手触りがよくめくりやすいといった特徴があるので、マンガ向きなんです。
「GP」は、新聞用紙にも一部使われています。この後は、新聞用紙を作る工程を見ていきましょう。
全国の約3割の新聞用紙が苫小牧で作られる
新聞や書物に使う洋紙の国内自給を目的に建設された苫小牧工場は、世界有数の新聞用紙生産工場として発展を続けてきました。そして今も、国内の約3割もの新聞用紙が苫小牧で作られています。
加来会長の案内で、トラウデンさんも抄紙機が並ぶ工場に足を踏み入れました。工場内は、抄紙機から出た蒸気でうっすらとモヤがかかっています。

加来:新聞用紙は古紙パルプが60~65%、その他に複数種類のパルプを使い、その一つとして「GP」を混ぜて作ります。新聞紙って、あんなに薄いけれども裏の文字が透けないでしょう? 薄くて、透けなくて、しかも印刷の仕上がりがいい。さらに、吸湿ジワがつきにくいのも「GP」ならではの特徴です。

加来:ちなみに、トラウデンさんが載っているファッション誌に使われるような光沢のある紙は、丸太ではなく、針葉樹や広葉樹を粉砕したチップを薬品処理して作ったパルプを使っています。
トラウデン:作りたい紙の性質によって、パルプを使い分けるんですね。

“紙を抄(す)く”機械・抄紙機については「王子マテリア富士工場」で仕組みに触れたので、今回は簡単に(以前の記事「トラウデン直美さんが、王子マテリア富士工場を訪問。森も水も紙も、資源を循環させて最大限に活かす」参照)。まず、パルプ液を「ワイヤーパート」の上に広げて脱水します。その後、「プレスパート」でさらにギュウッと絞って、「ドライパート」で高温のシリンダーに押しつけながら乾かしたら、「リール」で出来上がった紙をグルグルと巻き取って完成です。パルプ液から紙になるまでの時間は、わずか十数秒。この一台で一日700tもの新聞用紙を作れるのだそうです。

今回は特別に、出来上がったばかりの新聞用紙を触らせてもらえることになりました。新聞用紙のロールに手を滑らせる、加来会長。続いて、トラウデンさんも手のひらを当ててみます。
加来:こうやって実際に触って、ロールの表面がボコボコしていないか確認します。軽く叩(たた)いて、しっかり紙が巻かれているかもチェックするんですよ。
トラウデン:なるほど~。
加来:ちょっと、巻き取った紙を裏側からも見てみましょうか。
ペリッと紙を引っ張って、その紙質を二人並んで確認します。

トラウデン:わっ、確かに透けにくいですね! こんなに薄いのに……。すごい技術です。

新聞用紙はこの後トラックに乗せられて、工場のすぐそばにある苫小牧港から専用の輸送船で首都圏を目指します。
「グリーンイノベーション」。木の力で、空が飛ぶ未来へ
丸太がパルプへと姿を変え、新聞用紙になるまでを見届けたトラウデンさん。事務所棟に戻ってくると、加来会長に早速感想を伝えました。
トラウデン:一本の木が紙になるまでを目の当たりにして、自然の恵みに対する感謝の気持ちを新たにしました。「苫小牧山林」では、私もアカエゾマツの苗木を植えさせていただきましたが、あんなに小さな木がこれから長い年月をかけて大きく育ち、建材になったり、パルプになったりして、私たちの暮らしを支えてくれるんですね。

加来:私たちが進めている「グリーンイノベーション」も、木を活かし、森を活かすためのものです。木は主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンでできていますが……ちょっと、この手元の瓶を見ていただけますか? この茶色い液体は、セルロースを加水分解するとできる「糖液」です。この「糖液」は精製するとこちらの瓶のような状態になります。
トラウデン:透明だ……。

加来:「糖液」からは、「ポリ乳酸」や「エタノール」を作ることができます。「ポリ乳酸」を原料にしたバイオマスプラスチックは、従来の石油由来のプラスチックと違って、土の中で分解ができます。ただ、今の段階では、温度が低い海の中では分解されないので、産学協同で技術的な改良をしています。

トラウデン:完成したら海洋プラスチックごみの削減にもつながりそうです。
加来:完成すればもっと使われる機会が増えると思います。もう一つ、「エタノール」の方はというと、プラスチック原料だけではなく、バイオ燃料にもなります。今一番期待されているのは、持続可能な航空燃料「SAF」への活用です。「SAF」は廃油やトウモロコシ、サトウキビからも作られますが、再生可能であることに加え、食料と競合しない非可食の木材で作ることに価値があると私たちは考えています。また、硬くて軽い、木質由来のセルロースナノファイバーも、未来への期待が持てる新素材です。

トラウデン:木の可能性は無限大なんですね。
加来:今回、トラウデンさんには昔ながらの丸太から作る紙づくりを見ていただきましたが、昔の人の知恵や工夫が詰まった古くからあるやり方も、未来に向けて創造していく姿勢も、どちらも大切にしながら私たちはこれからも事業を進めていく考えです。新たなイノベーションを生むために、他の産業界の方との協働にも積極的に取り組んでいく予定なんですよ。
トラウデン:森を活かせる新しいイノベーションが生まれたら、森の価値も今以上に見直されて、森を大切にしていこうという気持ちがたくさんの人に広がっていきそうですね。森を育てること、森を活かすこと。このバランスを取るのは、実はとても難しいことだと思うんです。資源として活用するだけで育てなければ森はなくなってしまうし、森を活かす道がなければ木は行き場をなくして森が荒れてしまう。王子HDさんがもう100年以上もこの難しいバランスを取り続けていることに、本当に頭が下がります。「苫小牧山林」と支笏湖の水、この二つの自然の恵みを苫小牧工場で活かすことが、「苫小牧山林」を育てることにもつながっていましたが、「グリーンイノベーション」は森を活かし、森を育てる循環の輪をさらに大きく広げてくれそうですね。

取材・文:渡部麻衣子
写真:山田秀隆
トラウデン直美さんヘアメイク:室橋佑紀(ROI)
トラウデン直美さんスタイリスト:町野泉美

直美
とらうでん・なおみ/『CanCam』の専属モデルとしてデビューし、歴代最長記録を更新。TGCやガールズアワードに出演するほか、大学在学中から報道や情報番組でも活躍。2021年、フォーブス・ジャパンが選ぶ「世界を変える30歳未満の30人」に選ばれるなど、環境問題やSDGsについても積極的に発信する。

かく・まさとし/王子HD代表取締役会長。1956年生まれ、福岡県出身。1978年、九州大学工学部卒。旧・日本パルプ工業(現・王子HD)入社。2008年王子製紙苫小牧工場長代理兼施設部長、2011年に王子HD執行役員、2017年王子エンジニアリング社長、2019年王子HD代表取締役社長などを経て、2022年4月から現職。

















