王子ホールディングス(以下王子HD)は近年、環境配慮型紙素材や木質由来のプラスチックや医薬品といった新素材の開発など様々な挑戦をしていますが、事業の核となるのは変わらず「森林」。「木を使うものは木を植える義務がある」の理念のもと、100年以上にわたって国内外にある広大な森*を維持してきました。国内の社有林の維持管理を担っているのが、王子木材緑化です。気温がマイナス20度を下回る厳しい冬も、30度を超える真夏も、同社旭川営業所の佐藤有さんは、毎日のように森へ向かいます。国内の社有林の7割が集中する北海道の森づくりの現場を見に行きました。
*現在、国内外合わせて約60万ha。国内は約19万ha。
「森を深く知らなければ、豊かな森は作れない」クマが眠る冬は踏査のベストシーズン
もう2月も終わるというのに、気温はマイナス10度近く。北海道北部の名寄市にある王子HDの「風連(ふうれん)社有林」では、乾いた雪がしんしんと降りしきっていました。「でも、今日はまだ暖かい方ですよ! 明日はマイナス20度の予報ですけど、そうなるともはや、肌が出ている部分は寒いというより痛いですからね」。カラッと明るく話すのは、王子木材緑化の旭川営業所で営林を担当している佐藤有さんです。

さとう・たもつ。王子木材緑化旭川営業所の営林担当。2024年4月で入社23年目。かつて道央の栗山町にあった王子製紙の林木育種研究所で働いていた知り合いの姿に憧れて、入社を決めた。母方の曽祖父が鳥取から北海道に入植して森の仕事に携わっていたそうで、「自分の山好きのDNAのルーツはそこなのでは……」と話す。
王子HDの社有林は国内に約19万haありますが、その7割が北海道に集中しています(下記マップ参照)。佐藤さんが所属する旭川営業所は、南は道央の栗山・夕張から、北は日本の最北端・稚内までと広い範囲を管轄していて、中には車で往復するだけで8時間かかるような場所もあるのだとか。それでも、「森づくりの基本は、自分の目で森を見て回ること」を信条とする佐藤さんは、積極的に現場に足を運びます。

「月初めは営業所にいますが、それ以外はほとんど毎日どこかの森にいますね。春と秋は苗木の植え付け、夏は下草刈り、冬は造材と、現場は一年中動いているので、現場監督として労務管理をしたり、作業を請け負っている方からの進捗(しんちょく)の相談に乗ったりしています」
もう一つ、現場監督として大事な仕事が、森の踏査*(とうさ)です。北海道は急峻な山が少なく、4WD車で乗り入れることができる場所も多いですが、道が入っていない森の奥には、スノーモービルにスノーシューやスキー板を積んで、入っていきます。「冬はクマも冬眠しているから、造林地の様子を見るにも、天然林に残る名木の状況確認や新たな名木を探しにいくにも最適なんです」
*現地へ出かけていき、調べること。



「あっ!?」。尾根を進んでいた佐藤さんが、声を上げました。視線の先には、ポツポツと小さな足跡。慌てた様子で、1mほど降り積もった雪の中から先端だけ顔を出しているカラマツに駆け寄ります。「やられた……! こうやって、樹皮の下にある形成層までぐるりと一周かじられちゃうと、どんな木でもダメなんですよ。絶対に枯れちゃう。6年前に植えたときは、食害がない良い場所だと判断して植えたんですけどね。もう少し積雪があったら、先端まで雪に覆われて食べられずに済んだのになぁ」


エゾユキウサギの“犯行現場”の裏手に回ると、そこには枝が混んで日が入りにくい森が広がっていました。
「ここは39年生のトドマツの造林地です。そろそろ間伐してもいいんですが、風が強い場所なので、間伐したらより強い風が吹き込むようになって、残した木が倒れてしまうかもしれないし、遮る枝葉がなくなることで放射冷却の影響が強まって木が凍裂する可能性もある。そうなると、もう材木としては使えないんです。見た感じ、細い木と太い木の優劣は既についているから、このまま間伐せずに20年くらい様子を見るかどうか、決めかねているところです」

「他の山でうまくいったやり方がどの山でも通じるとは限らないのが、森づくりの難しさであり、奥深さです」と、佐藤さん。「若い頃、上司に『森の未来の姿がイメージできるまで帰ってくるな』と言われたことがありましたが、22年この仕事を続けても、本当に森づくりには正解がない。適地適木で、その土地にどんな樹種を植えてどう育ててやればいいのか、常に考えています」

ちょうど向かいの山では、佐藤さんが計画したカラマツの人工林の皆伐(かいばつ)作業が進んでいました。

「ちょっと作業の様子を見に行ってみますか?」。佐藤さんの案内で、現場に向かいました。
木が成長を止める冬は、造材の繁忙期
一向にやむ気配のない雪の中、ハーベスタと呼ばれる重機がカラマツを次々と伐倒しては、カッターで枝を払い、規定の長さの丸太に切り揃(そろ)えていきます。


一本の木を切って丸太にするまで、わずか数十秒。その後、重機のコンピューターがその木ごとに適切なカット数を計算し、同じ長さに切り揃えられます。

積み上げられた丸太の小口(断面)は美しく、あたりにはさわやかな木の香りが漂います。

この冬、「風連社有林(1,195ha)」では、その面積の1.3%ほどにあたる約15haで約1万本を皆伐する計画で、3月を前に作業はあらかためどがつきました。「今切っているのは、64年生のカラマツです。通常それくらいの樹齢だともっと幹が太いので、もう何年か様子をみようかとも思ったんですが、ネズミの食害や、虫害で樹皮が白くなって枯れた木が出始めていたので、これ以上被害が広がってしまう前に切って、再造林することにしました」と、佐藤さん。伐採した後は、植栽しやすいように地拵(ごしら)えをして、2年以内に苗木を植える下準備をします。

伐採した木を木材に変える「造材」の作業は、冬が本番。現場によっては冬以外に行うこともあるものの、寒さで木が成長を止め、木の内部の水分が減るこの時期の木材が一番品質がいいのだと、佐藤さんは話します。「夏に切ると、置いておいた丸太に虫が入り込んで傷んでしまうことがよくあるんです。それだと、工場で板に加工するときに虫が食った跡が出てきて、使い物になりません。せっかく切るなら、一番価値が高い時期に切ってあげないと」

冬に作業するのは、効率を考えてのことでもあります。というのも、この辺りは実は湿地。地面が完全に凍結していないと、重機がズブズブ沈んでしまうのです。

「通常、川底に砂利を敷いて渡る河床路(かしょうろ)も、冬なら雪で川の流れをせき止めておけば、次の日には天然の氷橋ができて渡れます。今年は気温が下がるのが遅かったから、ある程度川に雪を積んで、その上に鉄板を敷いたんですが、砂利に比べたら経費も人手もかかりません。大きなトレーラーが森に入れると、丸太を集めた土場(どば)から直接工場へ運べて便利です。それができないと、途中までダンプカーで運んで、トレーラーに積み替えて……という作業が発生し、コストも上がってしまいます」
人手も時間も限られている中でいかに人工数を減らすか、パズルのように作業を計画していきます。山全体の育成設計を考えるのは、5年ごと。それとは別に、各地の状況を見ながら毎年12月初めに新年度のスケジュールを組みます。

「森の資源を最大限に活用して循環させるには何がベストか、知恵を絞ります。特にこの辺りは水源涵養(かんよう)保安林で、きれいな水をつくりだす地域にとっても大切な森。今は雪に覆われて見えないですけど、風連社有林の周りは水田なんですよ。森を守り、育てることが結果として地域の農業や産業、暮らしも支えている。そこに大きな責任とやりがいを感じています」
「つらい」「きつい」は昔の話 若い世代に受け継がれていく林業
佐藤さんにお話を伺っている最中にも現場では作業が進んでいて、ブルドーザーがワイヤでくくったカラマツを3、4本引っ張りながら、土場へ続く緩やかな山道を降りてきました。運転しているのは、20代の若い男性です。

現場を担当している近井木材産業代表の近井孝義さんは、「27歳の息子(4代目)を中心とした20代の若手チームと、3代目の自分を中心とした50~70代の年長チームの二手に分かれて作業しています」と話します。「一昨年18歳が一人、昨年21歳が二人、27歳が一人入ってきたから、今回の現場から若手チームを一つ作ってみたんです。ここ10年で林業も機械化が進んで、つらい、きついのイメージがなくなり、若い人が集まるようになってきました」

重機内は冷暖房完備で、冬も暖か。快適な環境で作業できます。「昔は大部分を人の手でやっていたから、小屋を用意して休憩してもらっていたけれど、だいぶ作業が楽になりました」。機械化で、作業スケジュールが天候に左右されにくくなったのも、労働環境の改善につながっています。「カレンダー通りに休めないのが昔の林業でしたが、今は祭日も休めていますよ」
近井木材産業は2代目以降、王子専属のチップ工場として王子グループと関わるようになり、社有林の造材の仕事も担うようになりました。3代目の近井さんは、主に造材と地拵えを請け負っています。「この仕事を続けて、33年。有が新入社員で初めて風連社有林に来た日のことも覚えています」。そう近井さんが話すと、佐藤さんも笑顔を浮かべました。「佐藤さん」ではなく、「有」と呼ぶ様子からも、関係性の良さがうかがえます。

「森づくりは人がすることだから、まず人が大事なんです」と、佐藤さん。「僕ら現場監督と違って、山の知識や経験が豊富な作業員の方は替えがきかない。機械化が進んだとはいえ、今も天然林は人の手でチェーンソーを使って切りますから、そうした技能を継承していく必要もあります。熟練の作業員の方がいなければ、森はただ荒れていくばかりです。森も雇用も、守っていかなければなりません」
一つの森を一つの業者にお任せするのは、佐藤さんの方針です。「業者さんをいくつも入れると、その時々の判断で道をつけてしまう。すると、山が壊れてしまうんです。さっきのブルドーザーの道も、一番効率がいい道を近井さんたちが考えて作ってくれたもの。この辺りは水辺が近いから水を好むドイツトウヒを植えた方がいいとか、そういった蓄積された山の情報を教えてもらえるのも、長い年月をかけて近井さんたちが山を見てくださっているおかげです」

近井さんに、林業のどこに魅力を感じるか尋ねると、こんな答えが返ってきました。「例えば今回皆伐したこの場所は、私が過去2回、間伐を担当しているんです。一回間伐したら太くなって、また間伐したらもっと太くなってという経過をずっと見てきました。植えた木が十分に育つまで60~70年かかるので、農家と違って一年で成果を得られるわけではありません。でもその分、諸先輩方が植えた苗を次の世代につなぐ仕事をしている実感があります」
100年変わらない森の営みと、変わる林業の形
季節は少し戻って、秋。佐藤さんの姿は、カラマツの秋植え作業が進む「美瑛社有林」にありました。


作業を担っているのは、みどりという会社です。

この美瑛の森でも、「自然が好き」「森が好き」と話す30代を中心とした若い世代が活躍しています。


「ここは南向きの斜面で土壌の水分も少ないから、よく育ってくれるんじゃないかな」と、佐藤さん。佐藤さんがこの場所で再造林をするのは、初めて。「北海道は入植から150年ほどしか経っていないから、本州に比べて林業の歴史は浅く、60年ひとサイクルの再造林は、1サイクル目か、2サイクル目の森がほとんどなんですよ」

今回試しているのが、低密度植栽です。通常なら1ha(100m×100m)あたり2500~3000本ほど植えるところ、1500本しか植えません。

「本数が多いと植えるにも間伐するにも、人の手がかかります。手間を減らしつつ、低コストで、森にとっても良い持続可能なサイクルができないか、検証しているところです。間伐は一番事故の多い作業なので、このやり方がうまくいけば労働災害のリスクも減らせます」。低密度植栽は最近注目を集めている新しいやり方なので、他県の県庁職員の視察もあるといいます。

標高160~360mの「風連社有林」と、標高600mほどの「美瑛社有林」では植生も異なります。3,152haある「美瑛社有林」は、天然林と人工林の割合はおよそ7対3。100年以上前からある豊かな天然林が、今も残っています。「針葉樹だけでなく、広葉樹の樹種が多いのも美瑛社有林の特徴です。今はウイスキー樽(だる)として人気のあるミズナラをよく択伐(たくばつ)しますが、時代によって需要のある樹種が変わってくるのも林業の面白いところですね」

「これ! 見てください」。森の中を歩く佐藤さんが指さした先には、倒れたアカエゾマツが。近づくと、緑の葉をつけた小さなアカエゾマツがニョキッと幹から生えていました。「倒木更新と言って、倒れた親の木に根を張った稚樹がこれから100年くらいかけて育っていきます。こうした“森の始まり”の風景が見られるのも、北海道の森ならではです」


森の営みは100年以上変わりませんが、森と関わる林業は時代と共に変わってきました。未利用材だった小枝も、今はバイオマス燃料として活用できるようになり、新たな価値を生み出しています。


「またこの先10年、20年で、森の資源の使われ方や価値にも大きな変化が生まれてくるはずです。最近は、『植えた木の周りの下草を全部刈らなくても木の生育に問題はないのでは?』という観点から国が新しい下草の刈り方の検証を進めてくれているのですが、これがうまくいけば、真夏のハードな作業の代表格である下草刈りをリモコン操作で機械に任せる道が開けます。そうなると、地拵えや苗を植える段階からもっと効率的なやり方もできるようになるかもしれない。森を育てるには人の手が絶対に必要なので、いかに労力を軽減できるかはこれからも検討を重ねていきたいです」


森づくりの基本は、人づくり 森に愛着が湧くように次の世代を育てたい
佐藤さんの一番の楽しみは、「まだ誰も踏み入っていない天然林で、広葉樹の大木を見つけること」。
「ドローンやGoogle Earthでも森の様子は見られますけど、やっぱり自分で歩いてみないと。見つけたときの感動は何物にも代えがたいです。その名木の適正伐期を判断し、自分で段取りして切って、銘木市で高く売れたときはものすごくしびれますね。もちろんこれは僕の収入じゃなくて、会社の売り上げですよ(笑)。北海道の王子の森は広いので、宝物はまだまだたくさん眠っていると思いますし、植林木に加えて名木も永続的に搬出できる多様性豊かな森を育んでいきたいです」



同じ営業所の20代の若い社員二人を連れて、山に入ることもしばしばです。「山を実際に見て回るのは楽しいと感じてもらえたらいいなと思って、必要な知識や技術は全部伝えています。昔は先輩の背中を見て仕事を覚える時代だったから、丸太の小口の写真を樹種ごとに撮って自分で調べるとかやってましたけど、誰が担当になっても山をきちんと管理できるようになるには、出し惜しみなく情報を伝えて、蓄積を増やしていった方がいいんです。反対に、僕が若い世代から教えてもらうこともいっぱいあります。スマホのアプリで木の苗間や列間などを計測する方法を知ったときは、こんなに便利なものがあるのかと驚きました」

森を歩けば歩くほど、自然と森に愛着が湧いてくるものだと、佐藤さんは言います。「そうなると、木を一本切るにもものすごく考えますよね。もちろん自然相手のことなので、どんなに考えても失敗してしまうことはあります。僕だって、21歳の時に初めて皆伐を任されたときはプレッシャーで眠れませんでした。でも任せてもらうことで成長できたので、若い世代にもどんどん挑戦してもらっています。森への愛着があれば、必ず良い森を未来に残せます。だからこそ、森も人も、大切に育てていきたいと考えています」
取材・文:渡部麻衣子
写真:合田和弘
















