「シアトルは、食を堪能しながら街の歴史も知れる場所なんだ」
機体の窓から見下ろす濃い海の青は、あっという間に潮風香る街の景色へと変わった。東京を飛び立ち約9時間、米国本土への玄関口のひとつ、ワシントン州シアトルについた。この美しい港街には、五感で歴史を感じられる場所がある。にぎわうマーケットでこの地の食の根幹に触れ、歴史と歩んできたホテルで過去の喧騒(けんそう)を想像し、禁酒法時代の面影が残るバーで昔の息遣いを垣間見る。食と歴史が静かに交わるシアトルの旅が、ここから始まった。
取材協力:シアトル観光局
シアトルの“台所” パイク・プレイス・マーケット

ダウンタウンにつき、海風に誘われながら港の方へ足を運ぶと「Public Market Center」という大きな看板が目に入り、シアトルで最も親しまれている場所のひとつ、パイク・プレイス・マーケットに辿り着いた。全米で現存する最古のファーマーズマーケットと言われ、創設した1907年から街の人々の暮らしと深く結びつき、地域の“台所”として息づいてきた。


当初、一握りの農家が始めた市場だったが、シアトルの急激な人口増加と共に食の需要も高まり、新鮮で手頃な価格の農産物を求めた地元住民たちでごった返した。その時から、ここは街の重要な一部として農家と住民のコミュニティとなっていった。そして、農家をしていた多くの日系移民は、マーケットが栄えることに貢献し、この街を形作ってきた。その人々の記憶は、この場所の至るところで見ることができる。


またこのマーケットには、低所得者層や高齢者向けの住宅、敷地内に住む人やここで働いている人を対象とした、医療サービスやデイケアなどの制度もある。観光地でありながら、不思議と生活の温度を感じるのは、こういった背景があり、存続のために市民の寄付や活動で支えられてきたからだろう。まさに、この地にとって必要不可欠な場所なのだ。
いいとこどりのフードツアー

マーケットにはフードツアーがいくつかあり、この場所の歴史を学びながら食を楽しむことができる。その中から八つの味が楽しめる「Savor Seattle(セイバー・シアトル)」のツアーに参加。ガイドのニックは歴史や作り手の思いなど、ユーモアを交えながら話してくれる。


ツアーで食べたのは、普通に並べば数時間待ちの行列店の人気クラムチャウダー、ジェラートのようなフローズン・ヨーグルト、トルコの本格的なレンズ豆のスープやチョコレートなど、8種類。数あるお店の中から何を食べていいのか迷ったり、ひとつのポーションが大きいと食べて回りきれなかったりするが、厳選されたお店から少量ずつ食べられるのはまさに「いいとこ取り」。そして、マーケットで食べられる幅広い味は、この街でどんな文化が育ち、どんな人が暮らしているのかを教えてくれるようだった。
シアトルのランドマーク「パリホテル・シアトル」

マーケットから通りを挟んですぐ、ダウンタウン中心地近くの便利な場所に歴史をたたえた煉瓦(れんが)造りの建物がたたずんでいる。ここは今回の旅の宿、「パリホテル・シアトル」。街のランドマーク的存在であり、米国の国家歴史登録財にも登録されている。

1900年代に建てられたコロネード・ホテルの建物を利用したこのホテルは、一時は低所得者向けのアパートとして利用されていたが、その後改装され、2018年にブティックホテルとして蘇った。

館内は古さだけではなく、積み重ねられた時間を感じさせる静けさが流れていた。街歩きに疲れたら休みに戻るのに最高の立地だ。歴史ある建物が壊されることなく宿泊できるのは貴重な体験だ。
禁酒法時代がモチーフの「スミス・タワー・オブザーヴァトリー・バー」


ホテルから南に20分ほど歩くと、街の原点とも言えるパイオニア・スクエアに辿り着く。赤煉瓦の建物が連なるこの地区の空に、細身の塔が一際高くそびえ立っている。「スミス・タワー」だ。
1914年、タイプライターや銃火器の製造で財を成したライマン・コーネリアス・スミスの依頼で建てられた。このタワーは、長らくミシシッピ川以西で最も高いビルだった。

1920年代の禁酒法時代をテーマにした展望レストラン&バー「スミス・タワー・オブザーヴァトリー・バー」がこのタワーの最上階にある。スミスと交流のあった中国・清の皇后・西太后(せいたいこう)から贈られた調度品が飾られ、隠れ家的な秘密めいた雰囲気で、過去の時代に迷い込んだようになる。

歴史を感じる空間でカクテルと食事を楽しんでいると、突然の通り雨。止んだあとに展望台に出てみると、雨が過ぎ去ったしっとりとしたシアトルの街が見えていた。古い建物の向こうにはモダンなガラス張りのビルが反射し、過去と現在が重なり合うように広がっていた。

歴史ある日本町に佇む無国籍ガストロパブ

夕暮れが近づくころ、かつて、日本人移民が多く住んでいた「日本町」へと足を向けた。その日の食の締めくくりとして訪れたのは無国籍ガストロパブ「Itsumono」。元々日本食レストランだったお店はパンデミック明けにこの形へと生まれ変わった。店名の“いつもの”という言葉には常連客への敬意が込められているという。

店内は、異国の要素が自然に混じり合い、メニューも日本やハワイ、アジアなどの国の影響を融合させたものが多い。キッチンからは英語以外のスタッフの声や、料理を仕上げる音が響いてくる。この街は、いろんな文化が集まり、境界を和らげながら歴史が作られた場所なのかもしれないと気付かされる。

食と歴史が交わる街、シアトルの夜

ホテルに戻り部屋の窓を開けるとマーケットに続く街並みが見えた。人通りは少なく、1日の終わりを告げるように穏やかだった。その光景を見ながら、この街の食を支えてきた“台所”の誕生や古い建物が伝える物語、この地だから生まれたバーやレストランなどを思い返していた。歴史と食が交わる街には、時間をかけて育まれた景色がある。シアトルはそんな街だった。

シアトル観光局 https://visitseattle.org/
コーディネーター:松田京子

















