地下のドアの向こうに広がる別世界
教えたくないけどやっぱり教えたい。今回紹介する「トゥジュール デビュテ」は私にとってはそんなお店。創業は1986年、切り盛りするのは、オーナーでもある秋山和広さんと奥様の数江さん。店は五反田駅からすぐのビルの地下にあり、階段を下りてドアを開くと、そこは地上の喧噪(けんそう)とは無縁の別世界だ。

灯(あか)りを落とし、静かにジャズが流れる店内は、正面に無垢(むく)の一枚板のカウンター、入り口の右手には半個室のように区切られた二つのボックス席がある。客同士の目が合わない絶妙な配置も心憎い。デザインを手掛けたのは、建築デザイナーの松樹新平さん。「どうしても松樹さんにお願いしたくて、すべてお任せしました」と秋山さんはいう。

もともと近くでスナックのような飲食店を営んでいたが、再開発によって移転を余儀なくされた。その頃に出会ったのがコーヒーだそうだ。渋谷のとある喫茶店で、空間の素晴らしさとコーヒーのおいしさに衝撃を受け、現在の店をオープンすることにしたという。
フランスの田舎町の家をイメージしたフレンチスタイルの内装が気に入って、その店のデザインを手がけた松樹さんに依頼した。コーヒーの淹(い)れ方も、誰かに教わったということはなく、何度も通って見よう見まねで習得した。

豆や抽出方法もその店と同じ、コクテール堂のエイジングコーヒーのブレンドを中心に、ネルドリップで淹れる。
「店を始めた頃は、まだコクテール堂の先代がコーヒーの熟成、焙煎(ばいせん)をやっていました。職人を絵にかいたような人で、世の中にこんなコーヒーがあるんだと心底感心したくらいおいしかった」。それから40年、あの店と同じように感動を届けたいと、この素敵な空間でおいしいコーヒーを淹れ続けているのだ。

秋山さんが丁寧にコーヒーを淹れる姿は本当に素敵で、ネルを整える姿もおいしくなれと願っているように思えてくる。お湯を注ぎ始めるとコーヒーの香りが店内にふわっと立ち込めて、オーダーが入るたびにそれが繰り返される。

生クリームとコーヒーの絶妙なバランス
この店に来たらまず試して欲しいのが、「オレグラッセ」と「ブランエノワール」。どちらも白と黒のコントラストが美しく、まるでカクテルのようだ。

オレグラッセは、店内の大きな水出しコーヒー器で抽出したコーヒーを、あらかじめ生クリームを入れておいたカクテルグラスに注ぐ。ブランエノワールは、ホットのブレンドコーヒーをカクテルシェーカーで冷やしてグラスに注ぎ、そこにブランデーと生クリームを加える。
白黒の順番が逆というだけでなく、作り方も味わいも異なる。ただ、どちらも混ぜるのは禁物。口に流し込むタイミングで、生クリームとコーヒーが見事なバランスで混ざり合い、独特の味わいになるのだ。

また、「ウィンナ」にもこだわりがあり、最初にほんの少量のグラニュー糖をカップに入れて、そこにコーヒーを注ぎ、ホイップした生クリームをたっぷり。ほんのり甘みのあるコーヒーだからこそ、混ぜる必要がなく、コーヒーを飲むたびにクリームが溶け込み、味の変化で楽しませてくれる。
ホイップクリームにもひと工夫あるがそれは企業秘密。だが、しつこさのないナチュラルな甘さだ。7種類の豆をブレンドしたフレンチローストのエイジングコーヒーは、まろやかさの中に甘さを感じる芳醇(ほうじゅん)なコーヒー。生クリームと合わせてもコーヒーが負けることはない。

フードにも秋山さんのセンスの良さが表れている。小腹がすいた時にちょうどいい「ミニサンドウィッチ」は、ツナとレタス、トマトとシンプルな構成ながら、隠し味にほんの少しカレーパウダーを使う。パリっと焼かれたミニサイズのロールパンが、不思議なほどおいしい。
人気の「レアチーズ」にはたっぷりのブルーベリージャムが添えられている。奥様のこだわりで、とことんゼラチンを少なくして、絶妙な滑らかさに仕上げられている。

今も昔も 自分だけの時間を楽しめる空間
昔はランチタイムになると食事の後に、毎日のように顔を出すビジネスパーソンたちでにぎわっていたが、最近はテイクアウトのコーヒー店が増えて、そうした需要はなくなった。ただ、どこで知ったのか遠くからわざわざ足を運んでくれる人たちも多く、「常連の方と半分半分くらいでしょうか」と秋山さん。
訪れた日も次々と客が入り、ほぼ満席。カウンターには一人客も多く、コーヒーを飲みながら自分だけの時間を思い思いに楽しんでいた。
みんなこの空間を楽しむかのように、声のトーンを落とし、ジャズの流れる心地よい空間に身を委ねている。高倉健さんもよく来ていたそうだが、きっとこの居心地の良い空間で、ゆったりと過ごしていたのだろう。

トゥジュール デビュテ
東京都品川区東五反田5-27-12 扇寿ビル B1F
03-3449-5491

















