フラワーアーティストの東信さんが、読者のみなさまと大切な誰かの「物語」を花束で表現する連載です。あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードのご応募はこちら。
〈依頼人プロフィール〉
船曳 順子さん 63歳
ライター
米国在住
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しゅうとのボブと初めて会ったのは、夫の故郷シアトルです。アーノルド・パーマーをほうふつとさせるようなルックスと体格。ボブもプロ顔負けのゴルファーでした。初対面では私を笑顔で迎えてくれる一方、近寄り難い印象も受けました。
幼いころ父が去り、女手一つで育てられたボブは、高卒で地元のIT会社に就職し、副社長の座まで昇り詰めました。結婚して子宝に恵まれると父親として子育てに奮闘しましたが、夫にとっては威圧的な存在だったそうです。
例えばこんなこともありました。
日本からシアトルの実家に里帰りしていたある朝、ボブが得意のパンケーキを振る舞ってくれることになりました。寝起き姿だった私は慌てて身繕いなどをして少し遅れて食卓に着こうとすると、テーブルの上には何も載っていませんでした。時間に厳しいボブがすでにテーブルの上を片付けたあとだったのです。思わず憤りましたが、それから私は時間を厳守するようになりました。
こんなふうに自分にも他人にも厳しく、固い節操の持ち主。笑顔はあまり見せないものの、心根はやさしく親切な人ということを感じるようになりました。
私たちの結婚は15年で破局を迎えました。学童期の子供2人を抱え、夫の転勤先NYで路頭に迷いそうになっていたころ、ボブから転居先のニューメキシコに来ないかと誘われました。
別れた夫の身内の家に転がり込むなど、アメリカとはいえもってのほか。でも心身とも疲弊していた私はわらをもつかむ思いで、ボブの厚意を受けることにしました。
夫の母と別れ、再婚していたボブと妻、そして私と子どもたちというニューメキシコでの生活は、心細さでいっぱいだった私の大きななぐさめとなった一方、昔気質のボブは私の習慣や子育てに業を煮やし、家のなかは何かと波乱続きでした。ボブは40歳の私に車の運転を教え、就職に苦戦していると「ダメだと思っても決して諦めるな」と厳しく叱咤(しった)しました。
一方、私の子供たちや愛犬にはほだされやすく、感傷的な面も。算数の苦手な長男に刻んだセロリで割り算を仕込んだり、愛犬が病死した時は大きな体を震わせて涙したりしました。
結局シカゴに仕事が見つかり、1年も経(た)たぬうちにボブ夫妻との生活が終わりを告げました。
その後、新天地で仕事と育児に奮闘していたころ、前夫が交際相手を家族に紹介したことを知りました。前妻としての遠慮からボブとの交信を控えていると、ある日ボブからカードが届いたのです。
「君を『名誉ヨメ』に格上げした」と書いてありました。胸が熱くなりました。
そんなボブは一昨年、86歳で他界しました。怒られたこと、励まされたことなど、さまざまな思い出が走馬灯のように頭の中を駆け抜けました。
そして今日はボブの誕生日。元気なら米寿のお祝いです。そんな日にこの記事を見つけ、応募しました。
ボブにはもうお花は届けられないけれど、ボブとも親交のあった日本にいる私の家族にお花を贈って、みんなでボブのことを思い出してほしいと思いました。私からは感謝を込めて。ボブ、ありがとう。

花束をつくった東さんのコメント
筋が通っていて、人情に厚く、昔気質のお義父さま。そのイメージをアレンジメントにしてみました。てっぺんの真ん中にずしんと置いたのは、大きなキングプロテア。下には、ラナンキュラス、ピンクッション、ガーベラといった、さまざまな種類の赤の花を集めています。
亡くなったお義父さまの温かさを、みなさんが思い出してくれるといいですね。




文:福光恵
写真:椎木俊介



















